平成歌謡とは、なんだったのか。

平成という時代が31年で終わることが決まり、この記事を書いている2018/06/10から見て来年にはもう、平成は「平成」という閉じた歴史区分になり、やがては人の心と教科書の中にしか存在しないバーチャルな世界となります。

「平成歌謡大全集」というブログを立ち上げるにあたって、開設のご挨拶に替えまして、平成時代の日本におけるポピュラー音楽 - 平成歌謡 - の特色について、私見をまとめたいと思います。

昭和歌謡と平成歌謡を比較したとき大きな相違点となるのが「多様化」というキーワードです。

「いや、昭和の時代だって特に後半はジャンルが多様化してたんじゃないかい?」

と思う方もいるかもわかりません。それは「ジャンル」のハナシだけです。

昭和歌謡におけるジャンルの多様化は、たかが知れています。演歌、フォーク、ロック、ニューミュージック、アイドル。だいたい、このキーワードだけで全てが語れたものです。

今は、どうでしょう。上記で掲げたジャンルだけでは全てを網羅できないだけでなく、上記で掲げたジャンル自体も今や、ひとつひとつが多様化しています。そもそもどのジャンルでも今はファン層自体が多様化していて、アイドルファンだからみんなアイドルの全ジャンルを押さえてるかというとそんなことありません。アイドル自体が細分化されていますし、そしてその全てを把握してる人は少ないしそもそも把握したいと思ってる人自体少数派でしょう。自分が興味ある音楽以外はどうでもいいのです。「音楽ファン」「音楽オタ」というザックリした広汎なファン層が、平成時代には次第に、成り立ちにくくなっていったのです。

ジャンルもファン層も細分化され、また販売チャネルも多様化しています。

昭和歌謡は、本当にその点が単純だったのです。レコード会社が、レコードを売る。たしかにインディーズというのもありましたがマーケットは無視できるほど小さく、媒体もカセット、8トラなとさまざまなテープ媒体は存在しましたがやはり無視できるほどマーケットは小さかった。CDが登場しても昭和の間はまだまだ、ほぼレコードが中心だったのです。

平成になって一気にCDが普及しました。当時はラジカセの普及率が高まっていた時代でもありました。レコードプレーヤーを別途用意しなくとも買ってきたものをそのままラジカセで聴けることが、利便性として認識されました。

時はバブル末期から、バブル崩壊直後のまだまったりした経済情勢に至る時代。買ったCDをカーステで直接再生できるようになったので、モテたい男子大学生や若い男性社会人たちは、こぞってオシャレなジャケットのCDをクルマに載せたがりました。かつその下の中学生高校生世代にしましても、CDシングルという購入しやすく扱いやすい媒体の登場で、気軽に流行りの音楽を聴けるようになりました。

ドラマやCMとのタイアップは昭和の時代よりもロコツになり、テレビで気になった音楽を次の日にはお店で購入していました。お店に行けばそれ以外の楽曲にも、自然と目が向きました。

これが、メガヒット時代の基盤となった流通形態です。

やがてケータイが普及し、着メロが音楽配信の新しい形態として注目されやがて、フルコーラスの楽曲をそのままケータイにダウンロードできる時代が到来しました。しかしその一方でネットにおける違法ダウンロードという問題も起きていました。その対策として登場したコピーコントロールCDがクソだったことが混乱に拍車をかけました。

そしてご存知、iPhoneiTunesという黒船がやってきてその全てを吹き飛ばしました。そしてyoutubeというさらなる黒船が現れ、メガヒット時代からすると信じがたいようなマーケットの縮小が起こっています。

マーケットは縮小したがその分、セグメント化したファンに多様な形態で音楽体験を届けることが出来るようになりました。配信、物理媒体、映像、ライブ。つまり、細分化した音楽世界を多様な形態で消費するのが現在の平成歌謡のあり方です。

かなりザックリした総論でした。この駆け足の文章だけでも深掘りしたい点は多々ありますが、それは後続記事で掘っていきます。興味ある方は、読者登録お願いします。

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